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多重影分身の術!!!

 【03//2012】

ネットって怖いよね?(ネタですよ?)

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Category: その他

Theme: どーでもいいこと。

Genre: ブログ

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自己啓発という洗脳

 【14//2012】

久々に中二的記事です。戯言です(笑)

まぁ暇つぶしに見てやってください。


たまにコンビニの本コーナーにおいてある自己啓発本。
そこでこんな本を見つけた。

バカそうに見える話し方、頭がよさそうに見える話し方について書かれた本だ。

さて、察しの言い方はもうこの言い回しに疑問をもっただろう。

『○○そうに見える話し方』つまり頭が良さそうに見えるだけで、実際の中身についてはつまりはバカなのだ。

もちろん世の中はきちんとした話し方を覚える必要がある。
それは自分ひとりでではなく他人とのかかわりがあってこその社会だからだ。

しかしそれはただ単に敬語が使えるあるとか言葉の使い回しが方の問題ではなく、相手のことを考えて話すということである。


どんなに言葉は取り繕っていても、その人の表情を見ればその人がどんな人なのかはわかるのである。


さて、話はタイトルの洗脳の話に戻ろう。

一時期、マナー関連の本が非常に売れたことがあった。
さらにはテレビでもマナーに関して取り扱うことが増え、マナーというものが日常に密接なものとなった。

しかし、それが過剰なものであることに注意を喚起したい。

みんなが本やテレビの言うことを鵜呑みにし、どこにでもそのマナーを当てはめるようになる。
それができないとこの人はマナーがなっていないということになる。

例えばレストランや結婚式。
もちろん形式的にそうしなくては恥ずかしい思いをするような場所もあるが、それをもっと近い日常にまでもってきてしまってはどうなるであろうか。

例えばファミレスなんかでいちいち座り方を気にするなどのことだ。

ファミレスでそんなことしなくてもいいだろう。
だが、マナーというものに固く縛られた者たちはそれができないだけでもこの人はマナーも守れないダメな人というレッテルを貼ってしまう。

そもそもマナーとはルールではなく相手とのコミュニケーションや間柄を不快を感じずに潤滑に行うための礼儀作法である。

つまり思いやりを形式化したものである。前提は思いやりにある。
しかし、このマナーについて自己啓発本やテレビなどによって前提が覆ってしまった。
つまりこの形式ができていないと思いやりがないということになってしまっている。


このほかにも自己啓発本には様々な問題を抱えている。

その多くが活字マジックである。

つまり文字にすることで信憑性に高く感じるのだ。

特に『~すべきだ』『~なのだ』と断定的に書かれているものに対してのおのずと信頼感を得てしまう。

ただ、よく考えて欲しい。

その文書を書いた人物はどんな人なのかを知っているのか?

どんな思いでそれを書いたのかを知っているのか?

知る余地がない。


もしかしたらハナクソをほじりながら書いているのかもしれない。
こんなこと書いて『おれって文才あるじゃん』とか自画自賛しているかもしれない。
『こんな適当なこと書いてあとでばれたらどうしよう』と思っているかもしれない。
そして『もしかしたら誰か途中まで真剣に読んじゃったんじゃない?釣りともしらずに^^デュフフ』

そう、この記事の全てがコレである。

つまり・・・


また適当なこと書きましたよ~^^

ってことです(笑)

そうです、こんな真面目な記事を私が書くことなんてないのです(笑)

真面目に読んじゃった人はすいません。

まぁ書いたことに対してふと考えたことはありますが、あまり深く考えないで途中からコレをどうおもしろおかしくしようか・・・というのが私ですのでf^^

まぁマナーや頭の言い話し方とかのくだりについてはまったくの作り話です。
それっぽいこと書いただけですから

実際のところはマナーに関しても知り合いの結婚式なんかいっても堅苦しいこともなく、書いたようなマナーにがんじがらめの人は危惧するほど多くはないのではないかと思いますし。

話し方についても私自身話下手なのでどうこう言える筋合いではないのでそれっぽいことを書いただけなんです。

収穫といえばまぁやっぱあれです。

私に堅苦しいことは書けない!!ということです!!!

それがわかっただけもこの記事を書いたかいはありましたw


Category: その他

Theme: 文明・文化&思想

Genre: 学問・文化・芸術

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釣りの楽しみとは

 【30//2011】

釣り。それは釣る側と釣られる側の駆け引きである。

ただ、針にエサをつければ釣れるというものではない。

もちろんそれだけでも釣ることはできるが、その場合かかるのはたいてい生まれたての稚魚か、小物ばかりだ。

大物となれば話は変わってくる。

相手も慣れてきた者となれば、本物のエサをつけたとしても針が出ていればそれを見抜き手を出さない。
中堅ともなれば、中堅となれば一度咥えて吐き出す技術を身につける。
ベテランともなればエサだけを奪い取ることも可能だ。

いかに相手に偽物のエサと思わせず食いつかせ釣り上げるかが勝負となってる。

釣るにはいろいろな手段がある。

まず、獲物を寄せ集める方法としては、本物のエサ交えることで偽物の区別を誤らせるというもの。
つまり撒き餌である。

次にエサの動かし方。
巧みに動きをつけることで、エサについた針に気づかせないというもの。

相手がかかったときも油断はできない。
どんな獲物であろうとも釣りあがるまでが釣りなのだ。

このように釣りとは知識と知恵をお互い巧みに使った心理戦なのだ。

釣る側もいかに気づかれずにエサに食いつかせるか、釣られる側も釣られてなるものかとエサに目を凝らす。

ある人は言った。
『優れた釣りとは釣りは期待と裏切りと共に、好奇心と驚きを覚える。』と・・・


・・・

だめだ!!
ここでギブ(笑)

もうちょっと釣りについて書こうと思っていたことがあったんですが、書いている途中でどこか吹っ飛んでしまいました。

そう、実はこの記事自体が釣りだったということです。
さて、この釣りはどっちの釣りでしょうかね(笑)


まぁ同じ言葉でもあるので共通点がかなり多いということで書いてみたわけなんですよ。

特に意味はない・・・

というか記事を書くネタが無かったというのが本心なんですが(笑)


(ネット上の)釣りというとあまりいいイメージはないんですが、中にはネタバレしたとき『あ~~そうきたか・・・』とか『やられた!!うまいこと考えたもんだ』という驚きとともにニヤニヤした経験があるんですね。

このことから相手が一流の釣り師なら釣られてみるのも悪くないもんだと思いました。

まぁムカツクやつはムカツキますけどね(笑)

Category: その他

Theme: ことばをたのしむ

Genre: 小説・文学

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あなたはサンタを信じますか?

 【26//2011】

『あなたはサンタを信じますか?』この問いに対して、『信じる』という大人はそうはいないだろう。
『いる』と信じている人も、いろいろな理由をつけて『親が実際のサンタだ。』とか『信じれば心の中に存在する』という感じで、本気でサンタクロースそのものの存在自体は信じている人は少ない。

さて、これから話すことを聞いてなおサンタは存在しないといえるのか。

サンタは確実に存在する。


私はサンタにあっているのだ。

あれはまだ私が幼いころ6歳のときだった。

クリスマスの夜だった。(正確にはクリスマスイブあけてのクリスマスの夜)

親がまずクリスマスのプレゼントを持ってきた。
こっそり枕元においていたのだが私は起きていてうっすらと見ていた。

問題はそのあとだった。
私は律儀にプレゼントに手をつけず、明日の朝起きてプレゼントを見つけて喜ぶところを親に見せようと思っていた。

しかし、目の前のプレゼントに心躍っていた私はすぐに寝付くことができなかった。

寝ようと寝ようとしていたのだが、結局寝付けずふと目を開けるとそこに立っている人物がいた。

そう、それが本物のサンタだった。

プレゼントを置くことも無く、私に一言二言声をかけたのを覚えているのだが何を言ったのか記憶には無い。
しかし、その後すぐに眠りにつくことができた。

プレゼントも無ければ眠りに直前の出来事であり、翌日起きたときはおそらく夢だったのであろうと思ったのだが、今になってはっきりとわかる。

あれは本物のサンタだった。

物というプレゼントはもらえなかったがあるものをもらった。
それがあの一言二言に含まれているものだろう。

その言葉で、後に私はある才能を手に入れることになる。


さて、才能の話はさておきこれだけではサンタがいるとは信じられないだろう。

ずばり言ってしまうと実際にその存在を見て実感することが無い限りサンタの存在を認めることは難しいと思う。

幽霊やUFOなどのように実際自分の目で見ることが無い限り信じるというのは難しいのものだ。


現在ではサンタが世界中の子供にプレゼントを配っているとされているが、実はそうではない。

その理由は、だれもが聞いたことがあるだろう言葉『いい子にしていないとサンタさんがきてくれないわよ』。

この言葉、親が子供をいい子にするために使う方便とも取れるがそうではなく実際にそのとおりなのだ。

サンタはほんとにいい子のところにしかこないのだ。


そしてサンタの存在があやふやなのもここに理由がある。

この世にほんとにいい子というのがどれくらい存在するだろうか?

親の前ではいい子でもその目に付かないところではいたずらっ子だったり、人の悪口を言ったり、あるいはいじめをしているこもいたり、心のそこでは悪いことを思っていたり。

ほんとにいい子というものは限りなく少ないといえる。

その分サンタに会うことのできる子供も限られてくるのだ。

さらにはサンタを見たというとバカにされ信じられなくなるので口をつむぐようになる。

いい子の定義はわからないが、あのアインシュタイン、モーツァルトなど世界に影響された人物は本物のサンタと会っていたとされている。


さて、これからサンタの歴史について少し話そう。

そもそもサンタの起源は4世紀、一人の聖人セイントニコラスという人物がいた。
彼はある日、貧しさのあまり嫁ぐことのできない3人の娘の存在を知り、煙突から金貨を投げ入れた。
そして、それが暖炉で干してあった靴下の中に入った。

この出来事から靴下にプレゼントという風習が始まったとされ、セイントニコラスがなまってサンタクロースが生まれたというのがサンタの起源とされている。

だが、これは間違っている。
上でも書いたようにサンタは物を与えない。

この夜にセントニコラスが金貨を投げ入れたあとに本物のサンタが現れていたのだ。
その後その3人娘の運命が変わったため、セイントニコラスはサンタとなったとされている。


時代が飛び18世紀から19世紀になると人口が急激に増え始め、それにあわせるようにいい子も増えたのでサンタも一人では対応できなくなったサンタは『サンタクロース協会』を結成し、後継者の確保と育成をはじめた。

このあたりからサンタの知名度が上がり始める。

そして19世紀後半、事件が起きた。
某飲料メーカーがサンタの知名度を利用した、宣伝をおこなったことに憤慨したサンタがこれに講義をした。

そして怒ったのが第一次サンタ戦争、俗に言う『赤いサンタ事件』だ。
この戦いはサンタに軍配があがったが、慈悲深いサンタはこのメーカを許しある条約が結ばれる。

この世界的事件がきっかけでサンタは赤い服というイメージカラーが定着したのだ。


しかし20世紀に入ると更なる事件が勃発する。
それが、第二次サンタ戦争、俗に言う『聖夜の性夜事件』である。

事の発端はサンタが唯一地上に降りる夜、聖なる夜を性なる夜と勘違いした日本人が恋人とイチャイチャすると思い込み、性なる夜にしてしまったことが発端となった。

本来いい子増える可能性が高いためサンタにとっても喜ばしいことだったのだが、成り行き任せ、無理やりにでも恋人を作り子作りをはじめてしまったことから、望まれない子供の誕生が頻繁に起こったため、サンタも憤慨しこの戦争が始まった。

この戦争はほぼ力ないの民間人とサンタとの戦いだったので、圧倒的サンタ有利であったのだが、ある第三者の参入によりすぐ終結されると思われた戦争が長引いてしまうことになる。

その第三者とは、クリスマスの夜に恋人を作れなかった人たちが嫉妬に近い気持ちから、クリスマスを悪夢の日とし、それがエスカレートしたことによるサンタへの逆恨みによるものだった。

恨み、憎しみによる力は非常に強くサンタの軍勢も苦戦を強いるようになる。

とある巨大掲示板では『サンタ狩り』というものが計画されるも、強大な力をもつサンタ、圧倒的な火力のトナカイを前にこちらも苦戦の様相を見せ戦いは長期化をし現在に至っている。

その作戦情報を公開しているブログを見つけたので紹介しておく。

作戦会議の様子
http://blog.livedoor.jp/insidears/archives/52504094.html

http://kususoku.blog94.fc2.com/blog-entry-272.html

一部ではこの骨肉の争いに嫌気がさしたものたちも表れ、事態は沈静化しつつあるがサンタ側は『私を交尾に利用するな』などと怒りをあらわにするサンタも現れ、恨憎派の人間も狩りをやめないため事態は泥沼化しているのが現状だ。

しかしなぜ恨憎派の人間はそこまでサンタを憎むのだろうか、憎むべきは聖夜にいちゃつくカップルのはずである。

問題は恨憎派の人間は幼いころサンタに会っているということにもある。
彼らは幼いころサンタに会っていて、豊かな才能を与えられた。

なのになぜ交尾できないのか?
なぜこんな才能を我々に与えたのか?
交尾できないならこんな才能はいらん!!

と、サンタへの憎しみに変わっていったというのが有力な説である。


ちなみに街中でサンタの格好をして何か配っている人は、恋人と一緒にすごさず働く姿から、両軍から尊敬の目で見られ、中立的な立場からこの戦いに終止符を打つキーパーソンとの呼び声も高い。
さて、今でも表面化しないだけでこの骨肉を争う戦いは続いている。



あなたはこれでもサンタを信じませんか?



はいまた作り話です(笑)

もうすぐクリスマスも近いということで書いてみました。

7割、いや8割くらいは作り話です。

2割の本物はどこって?
それは・・・


Category: その他

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Genre: 小説・文学

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久々にきたっ(笑)

 【23//2011】

久々にきましたコメントスパム!!

内容は以下のもの
『とても魅力的な記事でした。また遊びにきます。ありがとうございます。』
まぁぱっとみだと、悪いようには書かれていませんが、コピペして検索してみてください。

いたるところにまったく同じ文面でコメントされているのがわかりますね。

また、この手のコメントは記事の内容にまったく無関係で記事を読んでのコメントとは思えないですよね。

URLを貼り付けているところを見ると、ユーザーの誘導にしか見えないです。

まぁ今に始まったことではないですし、記事にすることでもないと思ったのですが、ちょっと調べたところ、コメントスパムを放置していると、Googleなどの検索エンジンからの評価を下げる可能性があるという記事を見つけました。

コメントした当人のサイトなどの評判が落ちるだけならまだしも、こちらのブログの評価までもが落ちるのはゴメンこうむりたい。

というわけであえて記事にしたわけです。

今回のように一見スパムかどうかわからなく迷うようなことがあれば、一度文面をコピーしてそのまま検索してみてください。

もしスパムなら他の方のブログにも、同じようなコメントがたくさん残っています。

こういったコメントはあまり残しておかないほうがいいようですね。

というわけで削除しました。

Category: その他

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